PORTER/ポーターの買取ならブランド専門出張買取のFUKUFUKUへ

ホテルなどでお客様の鞄を預かるポーターという職業が 常に鞄に触れ、

最も鞄の良さを知る者と考え、ブランド名に起用。

吉田の技術と伝統をいかした吉田カバンのメインブランド。

「一針入魂」を社是に、長く愛用していただける鞄づくりを目指している。

素材は伝統的なものからオリジナルの開発と幅広く、

1981年にNYデザイナーズコレクティブで高い評価を受けた。

 

■全世代を魅了してやまないPOTER(ポーター)・吉田かばん

学生の通学カバンから、旅行用カバン、ビジネスバッグ、マザーズバッグと幅広い層から愛される吉田カバンのアイテム、「お財布もリュックもショルダーバッグも、全部poterです!」という方もたくさんいらっしゃいますよね!
創業85年、創立以来日本の職人技にこだわったアイテムの数々は、ブランド買取FUKUFUKUへ持ち込まれることも多く、人気の高いブランドです。
一針入魂でカバン製作をする吉田カバン。ポーターシリーズをはじめとした人気の秘密を探っていきます!

■職人として、デザイナーとして、経営者として、創業者・吉田吉蔵

 

創業以来、同族経営をおこなう吉田カバン。まずはその創業者のヒストリーから。

 1906年、神奈川県寒川町に生まれた創業者の吉田吉蔵さん。激動の時代に生まれ、小学校を卒業するとすぐに東京にある鞄工房へ奉公にでます。12歳という若さから鞄職人への道が始まりました。そこには腕の良い職人が多く、様々なお客様や時には皇室の方々のお持ちになる鞄の制作依頼もあるお店でした。普段よりも一層丁寧に準備をし、皇室の方がお持ちになる鞄を作る-。この経験はこの奉公をしていたからこそできた何にも代え難い経験でした。革鞄製作の修業を重ねた鞄工房を29歳で独立し、1935年「吉田鞄製作所」を立ち上げます。


1923年に起きた関東大震災を17歳で経験した吉蔵さんは、紐の両端に家財を結び付け肩から掛けることにより多くの荷物を運び出したことから、「鞄とは第一に荷物を運ぶ道具でなければならない」と考えさせられました。独立後もこの経験に基づく理念を忘れずに、「使うほどに馴染み、長く愛用していただけるカバン」作りを目指すのです。
しかし、時代は第二次世界大戦へと移ります・・・。吉蔵さんも出兵し、敗戦と同時にその先で捕虜になったときにもサーベルや水筒ケースのボロボロになった革を修理することで収容所の外に出ることができたとか。その際、接着剤の代用として米を大量に炊いてほしいと占領軍に願い出ます。多めにもらった米をこっそりと握り、ばれないように捕虜仲間の日本兵に渡していたとか。柔軟な発想と、仲間と分かち合うその心、人柄の伺えるエピソードですね。
戦地から戻った後には、倉庫に隠していた道具を手にすぐに仕事を再開。終戦直後の物が不足している時代です。買い出しに便利だった鞄は飛ぶように売れたとか。しかし、こだわりのつよい吉蔵さんは仕上がりに満足いかない品は売らず、近所の人にあげてしまっていたそう。誰もが貧しかったこの時代、夫人と度々喧嘩していたといいます。

1951年に「株式会社吉田」と改め、1953年、テレビ放送が開始されたこの年。戦後からの復興が見えはじめ、集合住宅が急増しつつある時代に、エレガントバッグを開発し、これが大ヒット!ファスナーの開閉によって鞄のマチ幅を自在に拡張でき、使わないときは狭い室内でもコンパクトに収納できるという機能は実に革新的で時代にマッチし高く評価されました。現在でも使われるこの機能を開発したのは他ならぬ吉蔵さんです。


また、1960年には長男の滋さんを世界のバッグ事情を学ばせるためイタリアに留学させます。海外旅行など夢の時代、それでも世界に目をむけていた吉蔵さん。その時に滋さんが持っていった職人が作った豚革のバッグの出来は、イタリアの有名メゾンブランドの職人をも唸らせたというエピソードを残しました。


1994年、88歳でお亡くなりになるまで、入院中のベッドの上でも革に針を刺していた吉蔵さん。自らが掲げた「一針入魂」の姿勢を貫き通した人生だったそうです。

■吉田カバンから、初の自社ブランド「POTER(ポーター)」が誕生!

 

高度経済成長期真っただ中の1962年。ホテルなどでお客様の鞄をお預かりし運搬する係「ポーター」から名付けたという『POTER(ポーター)』ブランドが生まれました。
お買い物といえば百貨店がステータスというこの時代。創業者の吉蔵さんは「百貨店で買った商品はお客様の手元には残るが、どこの会社が作ったかは伝わらない」とジレンマを抱えていました。その打開策として作られた自社ブランドがPOTER(ポーター)です。

(ポーター最初のコレクション)

現在では『吉田カバン= POTER(ポーター)』というイメージの方が多いのではないでしょうか。

自社デザインでのシリーズが高い評価を得ているのはもちろんのこと、日本の職人が作る品質の高さから、

国内ブランドはもちろん、海外のハイブランドまでコラボレーションも多く発売し、時代に合わせたモノづくりでオシャレなアイテムを作りだしています。



 

 

 

 

 

また、1984年に誕生したのはPOTER(ポーター)と双璧を成すブランドLUGGAGE LABEL(ラゲッジレーベル)。赤いパッチにバツマークの「赤バッテン」のアイコンは長く愛されています。

■POTERといえば『TANKER(タンカー)』をヒットさせたのは…?!

POTER(ポーター)をイメージするのに欠かせないシリーズにTANKER(タンカー)があります。
アメリカ空軍のフライトジャケットMA-1をモチーフに開発され、現在ではPOTER(ポーター)のスタンダードとして人気を博していますが、発表当時の1983年当時の売れ行きは芳しくなかったとか。
しかし、90年代中頃の裏原ブームを境に人気に火が付きます。裏原宿のムーブメントを牽引していたストリートのカリスマ・藤原ヒロシが愛用し、人気ドラマで木村拓哉が使用したことでPOTER(ポーター)を代表するシリーズになっています。現在定番アイテムは約60型、コラボモデルを含めると100型を超えているとか!!


(初代TANKERと96年に発表されたTANKER)

 

また、デザイナーの藤原ヒロシがPOTER(ポーター)を愛用し、プロデュースを手掛けたのがHEAD PORTER(ヘッド・ポーター)です。1998年にスタートしたHEAD PORTER(ヘッド・ポーター)は吉田かばんが製造を手掛け、藤原ヒロシがデザインエッセンスを付加することで高い品質と機能性、洗練されたデザインを兼ねそろえたシリーズを制作。瞬く間に時代を象徴するバッグブランドになったのです。
残念ながらHEAD PORTER(ヘッド・ポーター)は2019年春夏を持って終了し、

後継ブランド『RAMIDUS(ラミダス)』がスタートしています。

■FUKUFUKUのある福岡の名品とのコラボレーションも

 

2009年に作られた博多の伝統工芸品・博多織とのコラボアイテム「博多献上PORTER」。

江戸時代に福岡藩の黒田藩から徳川将軍家に献上されたことから最上のものであるとされる「献上柄」をフラップ部に使用したトートバッグは、100個限定のシリアルナンバー付きで販売されました。

メンズは15分、レディースは1時間で完売だったそう!


また、2019年には博多織×PORTER×B印 ヨシダのコラボレーションとしてバッグやウォレットを発売。古き良き時代の伝統工芸品を現代の生活において使いやすいアイテムへ昇華させたアイテムは唯一無二であり、日本のモノづくりが感じられるアイテムが制作されています。


■たくさんの名品を産んだ吉田カバン

ポーターをはじめ、ラゲッジレーベル、ヨシダ、ポーターガール、B JIRUSHI YOSHIDA(B印 ヨシダ)など種類も豊富で人気のラインがたくさんある吉田カバン。
もちろん、中古市場でも人気の高いブランドです。

FUKUFUKUでは買取も随時行っておりますので、POTER(ポーター)を手放す時には査定だけでも是非お試しください!
TANKER(タンカー)シリーズは汚れても洗うことができるので、きれいに復活することも?!
長い歴史の中で丈夫で使い心地に定評のある吉田カバン、生活スタイルが変わり使わなくなった時にはぜひご相談くださいね!

お一人お一人
さまざまな事情で使わなくなった思い出の詰まったお品は
ブランド買取の「FUKUFUKU」が誠心誠意、丁寧に査定し、「次に必要とする方」へ橋渡しをさせていただきます。

まずは手元に商品をご準備の上「いくらぐらいで買い取れそう?」とお気軽にご相談ください。


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